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親子で保母さんから学んだこと
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ラムも四歳になり、いろんなことに興味を持つようになってきた。
「何で?」「どうして?」「なぜ?」といった
質問を多く投げかけてくる。
その問いに答えをみつけようとするのだが
答えがより難しくなってしまったり
答えが見つからない事など…なかなかこれが難しい。

親として答えを与えてあげなければ
と考えてしまうのだが
これこそが間違いなのかもしれないと
つい先日、保育園のお迎えのときに保母さんを
見ていて気づいた。

保母さんが、子供とのオママゴトの中で
子供を親役にいろんなワガママを言って困らせる
これが良いことか悪いことかを
自分自身の体験によって考えさせている。

保母さんは答えを与えることよりも、一緒に考えて
答えに導いてあげることが大切である事を知っているのだ。
そして、これは自分自身の成長のために
とても大切なことなんだと、あらためて気づかされた。

大人になるにつれ学ぶことから遠ざかっていくが
まだまだ学べることが多いのかも。

わからない事などがあると
すぐネットで検索したり本などに頼ってしまいがちだ。
確かに答えだけを知るには手っ取り早いが
でも、これって便利な反面、自分自身の成長の妨げにも
なっているような気がする。

何でも簡単に本やネットで調べられる便利な世の中で
『知っている』と『出来る』をいつのまにか
勘違いしまっている人を多く見かける。
『出来る』人は感覚だけではなくその苦労も知っている
『知っている』だけの人にはそれが無い。

これこそが本来学ぶべき大切なことなんだと思う。

これは保母さんだけでなく、みんな知っているはずのこと
なのにいつのまにか忘れがちになっていく…

大人になると色々なことが複雑になってくるけど
とても単純なところに答えはあるんだと
最近子供の生活から学ぶ事が多い。
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by kinosuke_otowa | 2007-07-29 06:48 | ディオの日記
サーカスキャンプのお話
今回は僕が昔、参加したサーカスキャンプのお話し。
サーカスキャンプとは、サーカス体験合宿や一定期間だけ行われる
興行のことを言うのだが、見ているお客さんや、参加する側だけが
楽しいわけではなく出演している側も楽しかったりする。

僕に参加するきっかけを与えてくれたのは
アメリカの非公開オーディションで知り合ったカナダ人のkathryne
(キャサリーン)でした。
この日のオーディションはフリースタイルで、
とにかくどんなパフォーマンスでも良いので
構成作家の目を引くものであれば合格といったもの。

僕は順番待ちしていると突然参加者の一人が

「誰か静止ブランコの経験者の方いませんか?
もしくは静止ブランコで参加されている方いませんか?」

とパートナーを探し始めた。

この誘いを受けることは僕にとってアピールするチャンスが2度になり
とってもおいしいと考えた僕はその誘いを受けた。
オーディションも無事終了し仲良くなったキャサリーンは
僕を食事に誘ってくれた。
食事にはオーディションに一緒に参加していた
キャサリーンと同じサーカススクール出身の仲間が集まっていた。
それぞれに、いろんなサーカスなどに散らばって働いているらしく
それぞれの環境についてや昔話に会話は盛り上がっている。
彼らの流暢な英語は僕にとって70%ぐらいしか理解でないので
聞く側になり食事を楽しんでいると
キャサリーンが僕をサーカスキャンプに誘ってきた。
僕はサーカスキャンプへ参加した経験が無いので
何のことやら解らぬまま答えを保留した。

そして2ヵ月後、
このことを忘れていたぐらいに、キャサリーンから手紙が届いた。
サーカスキャンプへの誘いだった。しかも親切に日本語で翻訳して
くれてある。
僕は、初めてサーカスキャンプに参加することとなったのだ。

このサーカスキャンプは、カナダの国立サーカススクールの
同級生によって構成されているらしくちょっと風変わりな同窓会
といった感じでした。
それぞれが各地のサーカスに散らばり更なる技を磨いているだけ
あって技のレベルは高い。
参加者の中の一人の親が田舎町のお偉いさんらしく
みんなの宿や会場の世話をしてくれているのだが
このキャンプもすでにちょっとした街の定番イベントとなっている。
街の人たちからの差し入れも多く、その期待度が窺われる。
サーカスに比べるととても小さいイベントで、ノンギャラなのだ
がプレッシャーは大きい。

ショー構成は毎晩の話し合いのみで決まり、
シナリオは無く順番のみで淡々と進んでいく。
つまり、コンビネーション系の出し物の人は深夜から翌日の昼までに
完成させなければいけない。
これもつらい話なのだが、もっと辛いのはクラウンだ。
全体のタイムキーパとなり時間超過するものには乱入し引き下げ役
となり時間が空いたときには即興で何かを要求される。
しかも、途中には一般から参加した子供たちの出番までありこれを
仕切らなければいけないのだ。

僕はブランコのサポートと鞭のソロショーで参加。
それ以外にオープニングとエンディングにダンスとアピールがある。
クラウンでの参加じゃなくて救われた。

こんなハードで常に緊張感がマックス状態なサーカス経験は
今までに無い。1週間の滞在の中で、ほかの参加者から
技などを教えてもらう時間の余裕すら無かった。
でも、この参加によって技以外の部分で必要なスキルが
全体的に底上げされた感じがした。

そして、なによりも自分が自分の見せ場を構成できるといった
貴重な時間をもらえたのは僕にとって大きな経験となりました。
それはきっと僕だけに限ったことではなく、みんなも同じらしく
構成を決めるミーティングはみんなが活き活きしているように見えた。
いつも自己主張の強いパフォーマーが集まると決まって争いが
おこるのだが、このサーカスキャンプにおいては
1度たりともケンカや争いはありませんでした。

なぜ、こんな話を急にしたかと言いますと
最近日本でも有名となったシルクドソレイユのショーの中に
このキャンプに一般人で参加していた子供がメンバーとなって
いるのを発見したからです。
きっと彼女も僕と同じものをサーカスキャンプで感じ、
それがきっかけとなってこの世界に入ってきたのかなと思うと
とても嬉しくなり、サーカスキャンプでのことを思い出して書いてみました。
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by kinosuke_otowa | 2007-07-08 11:27 | サーカス
『大道芸の町横浜』
『大道芸の町横浜』。
娘と共にこの町に移り住んでからまだ一度も
この地でストリートパフォーマンスを楽しんだことが無い。
楽しむといっても、僕の場合は
見て楽しむ側より演じて楽しむ側が多いのだか。
独身時代は仕事の合間に公園などでストリートパフォーマンスを
楽しむことは多々あったのだが
ここに来てからは、サーカスパフォーマーへの復帰に向けた
トレーニングや子育てに忙しく
時間と心にそんな余裕がまったくなかったのが主な理由。

しかし最近になって、娘が保育園に入ってから
少しばかし時間にも余裕が出てきた。
週末は娘と共に大道芸を見に行ったりと
一緒にすごす時間を楽しんでいる。

そんな時、娘が「ここで私もできるの?」と言い出した。

娘にとっては、なにげなく出た一言だったのだろうが
僕にとってはとっても涙するぐらい嬉しい一言だった。
娘にとってストリートでのパフォーマンスはまだ早いにしても
せめて僕がストリートパフォーマンスする姿ぐらいは
見せてあげたいなぁといった思いを、同行していた友人に話すと
パフォーマーさんに問い合わせ先を聞いてきてくれた。

連絡する前にしばらく状況チェックしてからと思い
週末はストリートパフォーマンスを見に出かけ
毎晩のロードワークの時には会場に立ち寄り
間取りなどをチェックしてみた。
全員がショー形式で似たような形態が多いことが
少し気にかかったが、大方問題なさそうだ。あとは連絡するだけ。

ストリートパフォーマンスで事前に問い合わせってのは
海外では変な話だが、ここ日本では
一般道路や公園でのいきなりのパフォーマンスは違法と
なっている。今回の場所は私有地であることもあって
事前に問い合わせは当然なことだ。
翌日、友人が僕に代わって連絡してくれることになった。


ここで少し話はそれるが、

以前の横浜と今とでは
大道芸事情がおおきく変わっているらしい。
以前は『横浜フラスコ』という建物が
横浜の野毛にあり、そこは大道芸に興味ある人らが
気軽に集まれる憩いの空間だった。
僕は活動拠点が海外だったことからなかなか
立ち寄ることはできなかったが
海外で出会うパフォーマーの多くからそこの事を聞
かされていた。
ここに行けば公道でのパフォーマンスが違法となる日本
でもストリートパフォーマーに場所を与えてくれるらしい。

そして、みんな口をそろえて僕に言うことが

「大道芸のママを知っているか?」

そこには、家族のようにパフォーマーを世話してくれる
母のような存在の人がいて、彼女がそんなパフォーマーの
夢を適えるお手伝いをしてくれているらしい。
一度会ってみたい人だなぁ~と思っていたのだが
僕は機会が無く会ったことがない。

そんな『横浜フラスコ』も、
僕が横浜に来た時にはすでに無くなってしまっていた。

せっかく横浜に越して来たのだから
ぜひ『横浜の大道芸の母』なる人に会ってみたいと
横浜市に問い合わせてみたが
すでに『横浜フラスコ』がなくなった今連絡は
とれないとのこと…
今回のストリートパフォーマンスの事も
きっと会えたなら相談できたであろうにと
『横浜の大道芸の母』と会うことを諦めていた。


話はそれたが、

そして問い合わせをしてみることに。
そこは、横浜大道芸という会社であった。
どうやらここがストリートパフォーマーの為に
一括して場所使用の交渉と管理などを請け負
っている非営利団体のようだ。
最初はぶっきらぼうに門前払いのような雰囲気だったが
どうにか会ってくれる約束までこぎつけた。

そして、資料を揃えていざ横浜大道芸事務局へ。
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とっても重圧感ある建物で1階が郵船博物館になっている。

迷った末、事務所のドアを叩くと、なんと
そこには 『横浜の大道芸の母』 が !

ぼくの昔の活動名を名乗り挨拶すると
優しい笑顔で「あなたが幻のディオさんね。
あいたかったわ(笑顔)」と、僕が引退以
前に活動していたことをちゃんと
記憶の片隅に残していてくれた。(嬉涙)

そして「あなたなら大歓迎よ」と
その団体の代表している方を紹介してくれた。
お二方共とても良い方で、
僕が現在おかれている状態や娘のことを話すと
僕にとって無理のないような形のパフォーマンス環境が
できるように協力してくれると心強いお言葉を頂いた。

現役時のようにはいかないにしても
今の僕に出来ることがあるのならばこちらの方
こそ喜んで力にならせて頂きたいです。

また『横浜フラスコ』のような
温かい空間ができることを心より応援しています。

そんなわけで、
海外に行く前に横浜で僕たちのパフォーマンスが
見れるかもしれません。
もし僕たちのショーに偶然出会った時は
応援と投げ銭よろしくお願いしますねw
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by kinosuke_otowa | 2007-07-04 03:22