『アインシュタインの眼』というNHKの番組で『ムチと音の関係』について取り上げられる事となり協会へ協力要請の依頼がきた。前回の日記『アインシュタインの眼』その1からの続き
![]() 皆さんが速度を測定すると聞いて想像するのがスピードガンでの測定だろう。何度かこれを用いてのムチ速度の測定に立ち会ったのだか、ムチの速度は先端にいくにつれて速度が増していくのでスピードガンを用いての測定では正確な速度が測定できない。しかもスピードガンの測定ではムチ先端の速度は速すぎて測定範囲を超えてしまう。つまりは測定にスピードガンは使えない。 ではどうやってこれを測定するのか? ![]() これまでの撮影では1秒間に数百~数万コマもの撮影ができるハイスピードカメラを用いて撮影し、それを基にそのコマ数から2点の通過時間から速度を割り出してきた。やはり今回もそうなる。 それと余談ではあるが、普通のテレビカメラのコマ数ではムチ先の速度を追いきれず、スロー再生で確認した時にムチ先の細かな動きを見ることができない。これからも相当な速度であることがわかっていただけるだろう。 ![]() ![]() そんなに速いの?と思われるかもしれないがそれも無理は無い。私の振ったムチで音速を超えるスピードを過去に何度も記録しているが、私自身の目でそれが見えているわけでもなく音速を超えているなんて実感すらない。 それに、これらの記録も毎回必ずしも出るわけではなくムチの長さと品質、無駄の無いフォームなどのいくつかの条件の全てが揃った時にのみムチの先端で発生する。決して力だけで振って出るような簡単なものではないのを理解していただきたい。 更に、私の場合はこれまで音速を超えるスピードを記録したもの全てがクラッキング(ムチで音を鳴らす)を目的として振ったものではなく、ターゲット(ムチで的を狙う)を目的として振って出した記録である。今の話から勘の良い人ならば言いたいことに気付いてくれているだろう。いくらムチ先の速度が音速を超えていても、それだけでは耳で確認できるほどの破裂音なんてものは発生しない事を私はこれまでの実験で既に体験済みなわけです。 この時点で私の中では『音速を超える=衝撃波の発生=破裂音の発生』では無いことが確信できていた。 いままでの多くのテレビ番組が結論をここに持って行きたくて、過去の資料から番組を作ったものが多い。それを今回の番組のプロデューサーに話したところ、彼の視点は少し違っていた。 「ムチのクラッキングは、クラッカー(ムチの先端につけるヒモ)がフォール(ムチの先端に取付ける革の部分)を叩くときに音を発生させているとして、果たしてそれだけでこんなに大きな破裂音が発生するのだろうか? 何か他のものが影響し音を増幅させるなどの効果が発生しているのではないだろうか。そう仮定したときに、一番考えられる要因を秘めているのが音速を超えたときに発生する衝撃波ですよね。その関係をこれから探っていくためにもDioさんのクラッキングの時にも音速を超え、そこに衝撃波が発生していることの証明から始めてみましょう」 そこで番組のプロデューサーが、衝撃波についての研究では世界的な権威を持つ東北大学流体科学研究所の高山和義教授に会いにいくことになった。その研究所には世界的にも数少ない空気中の密度の流れを撮影できる装置があり、高山和義教授の協力でそれを用いてクラッキング時に発生する衝撃波を撮影する許可がおりた。 そんな矢先、また新たな問題が浮かびあがった。 ![]() 研究所内にはいろんな装置や実験器具があるのだがそれらは移動することが出来ない。 これらが送られてきた撮影現場となる研究所内の風景と位置関係を示した図面である。 ![]() ![]() ![]() ![]() そこ中で撮影を成功させるには、この環境で振れる精度の高いムチをオーダーメイドしなければいけなかった。 そこで協会から2人のムチ職人さん(加藤孝浩さんと林麗奈さん)それぞれに細かな指定を記したオーダーを依頼した。 ![]() 無理難題が多いにも関わらず仕上がってきたムチはそれぞれに条件を満たした素晴らしい仕上がりで、両方共に音速を超える条件をクリアしていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() そのムチを手に研究所内に向かうと、そこは写真で見た環境とは違い更に厳しい環境だった。 ![]() 天高が低く立った状態ではムチを振り上げることができず、しかも測定する位置までの対角線でムチを振れるスペースが幅50cmぐらい、そのスペース内に僕が入りムチを振らなければいけない。、目標までの4メートルを自分の前後共に15cmぐらいの幅の中でムチを振らなければ障害物にムチがぶつかってしまうといった環境。 しかも、ソニックブームを撮影するためには撮影のスイッチとなるセンサーの前をムチのトング(本体)が通過し、その先に位置する5cm四方の中でクラッカーがフォールを叩かないと全ての動きとソニックブームの発生の瞬間を撮影できない。 ![]() この難題の中それぞれのムチを用いて、衝撃波発生の瞬間を撮影するのに2日を要した。 ![]() 『衝撃波発生の瞬間』の映像を見ると、不思議なことに気付く。 ![]() この映像には衝撃波の発生がクラッカーがフォールを叩く瞬間に発生するのではなく、その後にクラッカーが弾かれて伸びきった瞬間に先端の房状のところから発生してるのが鮮明に記録されていた。高山和義教授も「この瞬間をとらえた映像は衝撃波の研究で世界的に価値あるものだよ」と興味を示してくれた。 ただ今回に限ってはこの映像が、いくら世界的に価値あるものであっても音との関係を実証できなけれは私たちにとって何の意味も無い。衝撃波が発生していることの確認資料が出来ただけで良いのだ。 そして、次に気になるのが『ムチを振った時のどこで音が発生しているのか』 これを確認するためには、純粋にムチから発する音の録音と撮影をする必要がある。私たちはロケバスに乗り込み小林理学研究所に向かった。そこにはいろいろな環境実験室があり、その中でも音の反響が全く無い空間を作り出した無響室で撮影させていただくこととなった。 ここで協力していただいたのが音響工学博士で小林理学研究所理事長の山下充康教授。 この無響室は何層もの壁によって出来ているため、入り口の扉だけでも厚さ1メートルぐらいある。 ![]() しかも窓がないばかりか反響させないために床も無い。内部は床の変わりに金網が張り巡らされている。そして、今回も狭い… ![]() 初めて無響室に入ったのだが、全ての音が遮断された反響の無い空間っていうのは落ち着かない。説明するならば、高度がいきなり変わった時に耳がキーンとした事ってないですか? 常にそんな状態の空間です。 ![]() この空間でムチを振ると、音が通常より小さく感じてしまうがそれでもムチらしい音は発生している。 この空間にハイスピードカメラを持ち込み、衝撃波が発生した状態と同じ要領でムチを振りクラッキングの瞬間を撮影する。この映像を持ち帰り音の波形と照らし合わせ『ムチを振った時のどこで音が発生しているのか』を調べようというのだ。 ![]() ![]() 前回の撮影に比べると制限されることが少なかったおかげもあって短時間で撮影は終了。 本日の午前に撮影した実験以外の分とあわせここで私たちの協力する部分のロケ撮影は全て終了した。 ![]() ![]() ![]() 後はスタジオ収録を残すのみ。それと忘れてはいけないのが『ムチを振った時のどこで音が発生しているのか』の実験結果の報告を待つこと。 忘れた頃にその電話があった。 「ムチのクラッキングで一番大きな音を発している瞬間はクラッカーが伸びきった時でした。つまりは衝撃波の発生の瞬間というわけです。この番組ではここまでの結びつきを結果として報告することとします。」 つまりは、音の発生する要因までは追求しなかったが、『音の発生源がクラッカーの先である事』と『衝撃波によって音になんらかの効果が発生している事』がこの番組の実験で明らかになったわけです。 ![]() スタジオ収録日。ここで新たな問題が起こった。 これまで共に進めてきたプロデューサー、高山教授、そして私の考える仮定のそれぞれに違いがでてきた。 ![]() 高山教授はこの結果をもってして、ムチの大きな破裂音は衝撃波によって作り出されたものであるとした。 番組のプロデューサーはクラッカーがフォールを叩かなくとも衝撃波だけで破裂音が発生しているとした。 さて、ここからは私の仮定なのですが、ムチで音が発生するときは必ずクラッカーがフォールを叩くなどのきっかけが必要となっている。そして、その時に破裂音が発している訳ではないとなると、今回の機材を用いても確認する事ができない事が、クラッカーがフォールを叩いてからクラッカーが伸びきるまでの間にムチ内部で起こっているのは間違いない。きっとスピーカー等とは全く違った原理で音を増幅する効果がそこにあるのだろうと考える。 それぞれに捉え方の違いがあるものの、どれもが間違っているともいえない。 ![]() 今回は番組の中で、面白い映像がたくさん紹介されることになるだろう。興味ある人はぜひ放送を見て欲しい。 今回の番組によって、冒頭でお話したこれまで巷でまことしやかにささやかれてきたムチに関する話題のどれが真実に近くどれが間違ったものなのかが皆さんにも見えてきた事だろう。 核心部分の追求にまでは至らなかったが今回の番組で新たな課題がいっぱい見えてきた。この先『ムチの音の発生』なんて世の為にならないくだらない事の事実を証明する為に、莫大な費用をかけてまで挑む人物が現れるのかはわからないが、案外、事実を証明した時になにか世の中に役立つ事が見えてくるのかも知れない。 今回もまた、ムチへの想像力をかきたてられる結果で幕を閉じたところがなんとも魅力的ではがゆいところだ。 そして最後に、皆さんに訂正とお詫びしなければいけないのが、私はこれまでムチの発する「パーン」という音は、クラッカーがフォールを叩く音だとしてきたが、それそのものの音ではなくクラッカーがフォールを叩くことによって起こる音が何かの影響を受けて増幅された音であるとさせて下さい。 今回の番組作りに快く協力してくださった方々の多大な貢献に心より感謝いたします。 そして、まだこの話はつづく 『アインシュタインの眼』 放送予定日3月10日 BS-hi 3月10日(火) 午後7:00-7:40 3月12日(木) 午前8:00-8:44 3月14日(土) 午後0:15-1:00
by kinosuke_otowa
| 2009-03-14 07:36
| ムチと音速の関係
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